「作家を志してニューヨークに来たが、まったく書けなかった。そんなとき、もう一人の自分が囁くんだ。一杯ひっかければ、アイデアも浮かぶと」
ビリー・ワイルダー監督と云えば、「アパートの鍵貸します」や「お熱いのがお好き」といった喜劇映画であまりにも有名だが、こんな深刻な人間劇も。
誰もが二の足を踏んだ原作(チャールズ・R・ジャクソン)に果敢に挑んだと云う。
【 The Lost Weekend 】
監督:ビリー・ワイルダー (1945年・米)
脚色:チャールズ・ブラケット、ビリー・ワイルダー
撮影:ジョン・サイツ 作曲:ミクロス・ローザ
出演:レイ・ミランド、ジェーン・ワイマン、フィリップ・テリー、ハワード・ダ・シルヴァ、ドリス・ダウリング

兄や恋人(ワイマン)の努力も空しく、酒に溺れる売れない小説家(ミランド)の、ある週末の怠惰な生活と再起への決意を描く。
ニューヨークの遠景から、カメラがとあるアパートの窓のそばに近づいていくと、そこにはウイスキーの瓶がぶら下がっているというファースト・シーンから、
ワイルダー監督の職人芸が冴え渡る。
小道具の巧みな使い方、光と影の諧調を生かしたモノクロ映像、そしてミクロス・ローザの不気味な音楽(例の
テルミン!)。
ヴェルディの歌劇「椿姫」を観ていた主人公は、自分も舞台の登場人物たちのように飲みたい衝動に駆られる。そして、踊っている役者たちが、クロークに預けた自分のコートのように見えてしまう。そのコートのポケットにはウイスキーの瓶が忍ばせてある・・・
アル中患者の心理に冷徹にメスを入れるかのような描写は、ときにホラー映画の様相さえ呈する。大根と酷評されてきたというレイ・ミランドの迫真の演技も光る。
続いて、ワイルダーはやはり喜劇という向きのために肩の凝らない一作を。過日、イタリアを舞台にした恋愛もの「恋愛専科」(1962年・米)を見たのだが、拍子抜けするほど面白くなかった。こちらの映画なら正しいイタリアも味わえる。
話はボルチモアの実業家を演じるジャック・レモンがイタリアのイスキア島へ飛来するところから始まるのだが、機内で真っ赤なゴルフウェア姿の彼と正装した男性客が一緒にトイレにしけこむや着衣を交換して出てきて他の乗客たちの眉をひそめさせるという一幕からして、ワイルダーの面目が躍如とする。10年来、夏の休暇でこの地を訪れていた父が交通事故死した急を聞いて駆けつけたのだが、米財界に絶大な影響力を持つ大企業主の死とあって、主人公に悲しみに暮れている暇はなく、3日後の葬儀のために取り急ぎ父の遺体をボルチモアへ輸送しなければならない。ところが・・・・・
【 Avanti ! 】
監督:ビリー・ワイルダー (1973年・米)
原作:サム・テイラー 脚色:I・A・L・ダイアモンド
撮影:ルイジ・クヴェイレル 音楽:カルロ・ルスティケリ
出演:ジャック・レモン、ジュリエット・ミルズ、クライブ・レヴィル
実は、父親は療養と称してここに通っては、ジュリエット・ミルズの母親と老いらくの恋を楽しんでいた。しかも夜明けまでホテルのバーで飲んで踊り明かし、日の出と共に丸裸で海に飛び込み、岩場で「赤ちゃんあざらし」のように日光浴をするという大胆なアバンチュール!呆れて開いた口がふさがらないレモンに、ホテルの支配人(レヴィル、好演)が二人の遺体が消えたと知らせに来る。さてはと、彼は思い出す。
太り肉の中年女のくせに妙にロマンチックなミルズが、二人をこの思い出の地に葬りたいとほざいていたのだ。レモンは彼女の気を静めるために、亡き恋人たちを偲んで件のアバンチュールを模倣する。
そして二人の間に恋が芽生えるというのはお定まりだが、ほのぼのと楽しく、気の利いた物語だ。ワイルダーが円熟の芸境を示す悠々たる演出も好ましい。
例えば、ミルズが服を脱ぎ捨てながらずんずんと海へ歩いていく場面。カメラはそれを一枚一枚拾いながら、おろおろ後を追うレモンの姿だけを追う。忘れられない台詞もある。二人のあられもない姿が映った写真を見た支配人がレモンに質問する。「黒い靴下は服喪のしるしですか?」
興味深いのは篇中で「イタリアは国ではない、感動だ」と言わしめるほど徹底したイタリア賛美だ。レヴィルはじめホテルの従業員たちはみな、この親子二代の不倫を優しく見守り、後押しする。この粋を解する朗らかなイタリア人気質が、プラグマティズムで疲弊した米国の現実をほのかに照らし出す。
殺人事件も絡んだ話も丸く収まり、旅立つレモンに支配人がかける最後の言葉もいい。
「毎夏、あのお部屋はお取りしておきます」
「お熱いのがお好き」にひっかけたのだろう邦題が野暮ったくていただけない。原題のAvanti!はイタリア語で「どうぞお入り!」
■ 予告編:
失われた週末■ お酒をやめたいとお思いのあなたに ■
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ビリー・ワイルダー大通り■ 関連ブログ:
酔生夢死浪人日記