「ずっと会っていないんですか?」
「ずっと・・・その人を私、心から愛していたのよ」
「悲しい話ですね」
それはまた、鏡の残酷さを描いた映画。
【 Une Aussi Longue Absence 】
監督:アンリ・コルピ 1960年・仏
脚本:マルグリット・デュラス 台詞:ジェラール・ジャルロ
撮影:マルセル・ウェイス 音楽:ジョルジュ・ドルリュー
出演:アリダ・ヴァリ、ジョルジュ・ウィルソン、ジャック・アルダン、シャルル・ブラヴェット
テレーズ(ヴァリ)はパリ郊外でささやかなカフェを営んでいる。年の頃は40前後だろうか。髪には少し白いものが混じっている。崩れきった身体の線。しみの出来かかった肌。質素な仕事着の脇の下に汗がしみを作っている。爛熟した女の匂いと倦怠感が男の常連客の気を引く。しかし、彼女は何の愛想もなく、ただ黙々と働いている。若い運転手との情事も、彼女のつましい生活を乱さない範囲内でのこと。
そんな彼女の生活にある日、異変が起こる。オペラの一節を口ずさみながら店の前を通る浮浪者(ウィルソン)の顔に目を留めたからだ。浮浪者は夫とそっくりだった。大戦中、ゲシュタポに捕まり、以来16年間、行方不明のままの夫と・・・
前回取り上げたアラン・レネの映画を中心に数々の編集を手掛け、令名を馳せたアンリ・コルピの監督作品である。
「去年マリエンバードで」のレネ同様、記憶と忘却の主題を扱う。しかし、コルピは過去を想念として現在に呼び戻そうとはせず、現在の行為に執拗に過去を追跡する正統的な手法をとる。
興味深いのは記憶喪失の浮浪者が果たしてテレーズの夫アルベールであるのかどうかを巡って、テレーズとアルベールの叔母の意見が食い違うという件りだ。アルベールではないと主張する叔母は、恋する者はとかく分別を失いがちだと言う。もちろん、テレーズはアルベールだと譲らない。コルピにあっても、記憶はつかみどころのない曖昧なものなのだ。
ジュークボックスの音楽に合わせて二人が踊る甘く切ないダンスシーン。
卒然と、鏡が一片の情け容赦もなく男の真実を暴き立てる。この衝撃。
アリダ・ヴァリがいい。「第三の男」より断然いい。
疲れた中年女の息遣いや体臭をも伝える生々しい現実感。それでいて彼女は幻想を追っているのかもしれないという痛切な皮肉。
クライマックスは特筆するに価する。
カフェを去ろうとする浮浪者に、テレーズが思い余って「アルベール・ラングロア!」と絶叫する。二人の様子を案じてたむろしていた近所の人たちも大声で叫ぶ。すると男はぴたりと立ち止まり、静かに・・・
これほどまでに歴々と戦争の傷跡を浮き彫りにした場面を他に知らない。
この名作がいまだビデオ化もDVD化もされていないとは。
■ とりあえずデュラスの原作で ■
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